何度かこのブログで取り上げといる、30t project。
携わることによって、南相馬の方々だけではなく、山形県、他県の方々とも接し話す機会が多くなりました。
実際に南相馬に水を運ぶ回数は少なかったですが、この大きな機会はボクの心を強く刺激しました。
青年海外協力隊〜今の職
ボクは2004年〜2006年の2年間、青年海外協力隊としてルーマニアに派遣されました。
帰国してからはその経歴を隠すようにしていました。理由はなぜか思い出せませんが、自分から口にすることはありませんでした。
そのことを口にするようになったのは、30t projectのスタッフでありeverything-differentのメンバーである@hideki223のおかげです。
彼らeverything-differentが毎週やっていたUstream番組に誘ってもらいルーマニアの経験を話す機会をいただき、視聴者からの反応も多かったのもあり、自分の経験を話すことでいろんな人を刺激することを感じました。
このUstreamから自分の経験を還元するようなことをしたいと考え、たまたま求人の出ていた今の職に就きました。
これから
今の職で青年海外協力隊の山形県OB会(山形県青年海外協力協会、以下YOCA)とお付き合いするようになりましたが、YOCAの活動には参加せず一歩引いて見てる感じでした。
30t projectを通してかの目的に向かって仲間と動くこと、市民活動とかライフワークみたいなことを考え始め、「今のボク」ではなく「ボク」にしかできないことをやろうと変化していきました。
YOCAの様々な活動をちょっとずつ知り、ボクらのような若いOBの力が足りていないと感じ、本腰を入れてOB会の活動に力を注ごうと動くことに決めました。
青年海外協力隊の頃から斜に構えていました。
約2年間、30t projectに携わりいろいろな経験を積み、斜めから構えを正すことができました。
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